終わりなき旅

 先日うちの奥様が、大ファンであるMr.Childrenのライブを見ていたのを少し私も見ていたら、私の好きな曲を桜井さんが歌ってました。曲名は!「終わりなき旅」です。

閉ざされたドアの向こうに 
新しい何かが待っていて
きっと きっとって 僕を動かしてる
いいことばかりでは無いさ 
でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

「終わりなき旅」作詞:KAZUTOSHI SAKURAI

という歌詞がとても好きです。
 今年度和鳴会は、新しいチャレンジをします!とりあえずは、10月配信予定の演奏!雅楽の今ままでの見せ方と違った演奏をチャレンジします!
 とにかく、新しく、楽しく、そして伝統を重んじた活動を行っていこうと思いますので、楽しみにお待ち下さい。


コロナ禍の新年度

 和鳴会は6月に新年度を迎えます。三密を避けて行った、総会、臨時総会で活動計画、予算案の承認を受けて、新年度の活動が始まります。



 ただ、「新しい生活様式」が言われている様に、和鳴会の活動も例年とは形を変えていかざるをえません。
例えば、毎年10月に高松興正寺別院の本堂をお借りして、たくさんの方にご覧いただいている「定期演奏会」も、今年は無観客でWEB配信の形をとって行う予定です。
 WEB配信も、何が必要か分からず、手探りで始める感じです。上手くいくこともあれば、失敗もあるかも知れません。
 コロナ禍の中、いろいろ試しながら、それを楽しさに変えて、取り組むこと全てにワクワクする気持ちを持って、会員一同、新年度を邁進したいと思います。


舞楽 陵王

 舞楽の中では誰もが知っていると言っても過言ではないほど有名な舞になります。陵王は実在していた人物になります。
名前は「高 長恭(こう ちょうきょう)」中国の北斉の王族。眉目秀麗で戦場にて敵味方関係なく見惚れてしまう為、指揮が上がらず戦いにならなかったとか•••
そこで恐ろしい面を付け戦いに挑んだところ大勝を得、その喜びを表したのが舞楽陵王となったと伝われております。おめでたい席で何か舞をと言われれば、陵王となるほど定番の舞楽となっております。


ここまではどの雅楽会でも説明される内容です。
しかし大勝したその後を語られることはまずありません。
戦国の常と言えば治りつくのか分かりませんが、高 長恭は蘭陵王とは言ってもトップでありません。日本で言うなら征夷大将軍が上にいて、その将軍様に疎まれ始めます(高長恭の言動にも何かしらあったようです)。
そしてここで伝わるのが「賜死(しし)」で、これは褒美の一つだそうです。財宝に領地と言ったものと同じで「死」という褒美だそうです。私自身この話しを知った時には、祝いの舞じゃ無いとショックを受けました。舞楽を舞う者にとっては陵王を舞えると言うのは憧れでもあります。陵王を舞うときには、高長恭の栄枯盛衰、人の儚さを感じずにはいられません。

舞楽「陵王」の動画→こちら


雅楽の基本練習「唱歌」

いつもだと月2回程行っている練習も、今月は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による感染拡大防止ため、休みになりました。まだ未定ではありますが、定期演奏会に向けての練習は各自で行うことになりました。
雅楽の練習は合奏だけなく、唱歌や各管のみの練習も大切です。唱歌とは笙、篳篥、龍笛それぞれに楽譜がありまして、拍を取りながら歌います。


龍笛の譜面


篳篥の譜面


笙の譜面


いつか練習再開になった時のために自主練で頑張ります!


『朝に鶏鳴聞かば、夕べに死するは悔いあり』

原文
~朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり~

【意味】朝にどう生きるべきかを悟ることができれば、夕べに死んでしまったとしても後悔はない。

孔子の論語です。
道というのは、人が正しく生きる道のことです。しかし広い意味に立てば何かに打ち込み極めることも、道に例えられます。私たち僧侶も求道者でしょうが、『求道』と『死』を比較し、「死んでしまったとしても」とは、ちょっと言うことが出来ません。それぐらい大事なことという意味だそうですけど。

死んでまでやらなくても良いけれど、自分自身が出来ることを精一杯やらせていただく。道を極めることが出来ないとしてもやれるだけはやる。

今年に入ってから、先の報告の通り『四箇法要』の練習をしています。本番の善立寺継職法要まで残り僅かの期間となってしまいました。何とか少しずつ形になりつつあるように思うのですが、気を抜かずに当日まで、会員各々が努力を積み重ねていかなければなりません。

 さて、タイトルの意味についてお話しますね。昼間はお参りがありますから、練習の時間は、夜になることが多いです。そうすると次の朝はやっぱりしんどい。ましてや、早朝のお参りともなるとなおさらです。夕方頃には疲れも出てきてダウンしそうな時もあります。昨日、練習に行かなかったらよかったとついつい思ってしまうこともあります。なかなか格好良くはいけませんよ。そんな弱い自分と共に道を歩んでいく。

 ・・・出来ることをコツコツと少しずつ前に進んで行きましょう・・・


上記のように練習しておりましたが、残念なこととなってしまいました。

善立寺継職法要が来年、令和3年4月17日(土)に延期になりました。新型コロナウイルスの感染が広がっており、法要に関わる方々の健康を考慮して延期を決断なさったそうです。善立寺関係者の皆様のご苦労を考えると非常に気の毒に思います。1年ほど先にはなってしまいましたけれども、それまで練習を重ねて参ります。
また、今は企画の段階ではありますが、毎年恒例の和鳴会定期演奏会を秋に開催したいと思っています。その際、『四箇法要』を演目に加えることが出来れば良いな。一刻も早く新型コロナウイルスが終息してほしいものです。多くのイベントなどが自粛されることは残念ではありますが、それぞれが出来ることとしてそうしたこともやむなしでしょう。
次回に向けて頑張ってまいりますので、どうぞ温かく見守って下さい。宜しくお願い致します。